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名古屋地方裁判所 昭和34年(行)5号 判決 1960年8月16日

原告 日光織物修整有限会社

被告 名古屋国税局長・一宮税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代表者は、被告一宮税務署長が昭和三十三年四月二十五日付にて原告に対しなしたる原告の昭和三十二年度(自昭和三十二年一月一日至同年十二月三十一日)法人所得金額を金百四十六万七百円と更正した決定のうち、金六十九万八千七百円を超える部分を取消す。被告名古屋国税局長が昭和三十三年十一月十三日付にて原告に対しなした昭和三十二年度法人税についての審査決定を取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、

一、原告は毛織物を修整してその手数料を得るを目的とする法人である。

二、被告一宮税務署長は昭和三十三年四月二十五日付をもつて原告に対し原告の昭和三十二年法人所得金額を金百四十六万七百円と更正する旨の通知を発し、右通知はその頃原告に到達し、原告は右更正決定に対し再調査の請求をなしたが同被告は同年六月二十一日付をもつて右請求を棄却し、右棄却決定はその頃原告に到達したた。

三、そこで原告は更に被告名古屋国税局長に対し、右処分に対する審査請求をなしたところ同被告は同年十一月十三日付をもつて原告に対し、右請求を棄却する旨の決定をなし、右決定は翌十四日原告に到達した。

四、しかしながら

(1)  原告は訴外野田常毛織株式会社に対し織物修整加工賃債権金七十六万二千円を有していたが、右訴外会社が破産状態に陥入つたので、原告は昭和三十二年十一月二十八日その取締役会において右訴外会社に対する右債権金七十六万二千円は回収不能と判断して、右訴外会社の債務を免除する旨の決議をなし、同年十二月二日直ちに右訴外会社に対し債務免除の意思表示をなし、右意思表示は同日右訴外会社に到達し、同日右債務免除の効力が発生した。

(2)  原告は更に右債務免除が損失であることの認定を得るための証拠となすべく昭和三十二年十二月十七日一宮簡易裁判所へ右訴外会社を相手方として織物修整加工賃請求調停申立書を提出し、昭和三十三年二月四日原告は訴外野田常毛織株式会社に対し有する織物修整加工賃金七十六万二千円の支払を免除し、爾後何等の請求をしないこと、調停費用は各自弁のこと、との旨の調停が成立した。

(3)  原告は昭和三十三年二月二十五日右調停の結果に基き株主総会において前記訴外会社の原告に対する債務金七十六万二千円を免除することの承認を得これに基き昭和三十二年度の所得金額より金七十六万二千円を差引いて一宮税務署に申告した。而してこの計算によると原告の昭和三十二年度の所得は金六十九万八千七百円であるが、被告等は原告の訴外野田常毛織株式会社に対する右織物修整加工賃債権金七十六万二千円を原告の昭和三十二年度の所得に算入してこれを金百四十六万七百円となし前記の如く被告一宮税務署長は更正決定をなし被告国税局長は右決定を是認して原告の審査請求を棄却したところ被告一宮税務署長の右更正決定のうち金六十九万八千七百円を超える部分及び被告名古屋国税局長の右決定はいづれも不当であるから夫れ夫れその取消を求めるため本訴請求に及ぶ

と述べ、被告等の主張に対し原告が被告等主張の頃、訴外野田常毛織株式会社より金三万五千四百円を受取つたことは認めるが、右は同訴外会社に対する織物修整加工賃債権金七十六万二千円の内金の弁済として受領したものではなく、前記債務免除に対する謝礼として受取つたものであり、その故に原告はこれを雑収入として申告しているものである。なお、原告のなした本件債務免除は昭和二十五年国税庁長官通達第5号債務者の資力喪失等のため債権の放棄又は免除を行つた場合に該当する。被告等はこの点を否認するが、債務免除の効力はすでに原告のなした債務免除の意思表示の訴外会社への到達によつて効力を生じ、被告等において否認し得ないものである。と述べた。

被告等指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求の原因たる事実中第一、二、三項は認める。第四項中(2)は認める。(1)及び(3)は不知、爾余の点は争う。

一、被告一宮税務署長が原告の昭和三十二年度分所得金額を金百四十六万七百円と更正した内容は左記のとおりである。

1  原告の確定決算に基く当期利益金 七〇七、一二七円

2  右利益金に加算したもの

損金に計上した法人税        三五、一〇〇円

損金に計上した地方税        一九、三〇〇円

前記に計上した未納事業税      二八、一二〇円

事業加算金             一〇、九八〇円

源泉徴収加算税              五〇〇円

地方税加算金               四七〇円

仕掛工賃計上洩           三二、八九五円

雑損(貸倒処理)否認       七六二、〇〇〇円

計                八八九、三六五円

3  右利益金より減算したもの

減価償却超過額の当期否認額     五九、三二〇円

前記否認未収入金洩         三七、〇〇〇円

未納事業税              三、二〇〇円

退職手当基金期中減         三六、二〇〇円

計                一三五、七二〇円

4  差引所得金額        一、四六〇、七七二円

(但し課税標準価額は百円未満を切捨てる)

二、しかして原告は右更正処分のうち、訴外野田常毛織株式会社に対する織物修整加工賃金七十六万二千円は回収不能のため昭和三十二年十二月二日免除したから、これを当期の雑損(貸倒処理)に計上したもので右雑損を否認して当期利益金に加算した被告一宮税務署長の処分は違法であると主張するけれども、該債務免除の事実の認められないこと次のとおりである。

三、即ち、

1  訴外野田常毛織株式会社は昭和三十一年頃より既に債務超過となり営業不振に陥入つたが、原告を含む右訴外会社の債権者等は集合して債権の回収につき協議した結果、まず昭和三十二年八月一日に各債権額の約一割宛の弁済を受けたもので、原告は当時金八十四万九千四百円の債権を有していて右同日第一回弁済金として金八万七千四百円を受領した。(これにより残債権額は金七十六万二千円となつた)

2  同年十二月二日原告は右訴外会社の債務を免除したと称するが、当時右訴外会社はなお営業を継続していて、その信用状態等よりして近い将来その立ち直りが予想されており、原告はその後も訴外会社の債権者の集会に出席し、翌三十三年三月二十五日には第二回弁済金三万五千四百円を受領した。なお、右訴外会社はその後漸次立ち直りを見せ、昭和三十三年事業年度(昭和三十三年四月一日より昭和三十四年三月三十一日まで)には金四百六十万一千二百三十一円の利益を計上するに至り、該利益金をその債権者らに逐次弁済している。

3  又訴外会社の昭和三十三年三月三十一日付貸借対照表添付借入金内訳明細書に原告会社金七十二万六千六百円と記載されていて、右訴外会社は原告に対し該金額の債務の存在することを認めている。

等の各事実が認められこれを綜合すると原告主張の債務免除があつたとはとうてい認め難い。

四、仮りに原告が債務免除の意思表示をなしていたとしても、右は法人税法上認められない。即ち法人税法上貸金の回収が不能かどうかは、当該債務者の支払能力如何により判定すべきであるが、昭和二十五年国税庁長官通達直法一ノ一〇〇によれば、

1  債務者が破産、和議、強制執行又は整理の手続に入り、或は解散又は事業閉鎖を行うに至つたため又はこれに準ずる場合で回収の見込のない場合、

2  債務者の死亡、失踪、行方不明、刑の執行その他これに準ずる事情により回収の見込なきに至つた場合

3  債務超過の状態が相当期間継続し、事業再起の見とおしなきため回収の見込のない場合、

4  天災事故その他経済の急変のため回収の見込なきに至つた場合、

5  債務者の資力喪失等のため債権の放棄又は免除を行つた場合、

6  前各号に準ずる事情があり債権回収の見込のない場合、

のいずれかの号に該当する場合に限り当該貸金は回収不能と認むべきものとされている。

しかるところ、本件売掛金債権金七十六万二千円については昭和三十二年十二月三十一日現在前掲各号のいずれにも該当する事実がなかつたから被告等は右債権を貸倒金として処理することを否認したものである。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求の原因たる事実中一、二、三及び四の(2)の各点は当事者間に争がない。

二、而して被告一宮税務署長の右更正決定による原告の昭和三十二年度法人所得金額中金六十九万八千七百円の限度においては原告においてこれを自認して争わないところであり、同所得金額の残額にあたる金七十六万二千円については弁論の全趣旨乃至証人今尾谷治、同垣ケ原忠次の各証言により真正の成立を認めうべき甲第六号証の一、二によれば原告は昭和三十二年十二月二日訴外野田常毛織株式会社の右織物修整加工賃債務を免除する旨の書面の作成しあることを認めることができる。

三、そこで右昭和三十二年十二月二日の債務免除の意思表示と昭和三十三年二月四日の調停における債務免除の意思表示との関係につき考察するに、凡そ同一内容の意思表示が時日を異にして二つ存在する場合には、後者の意思表示が前者の意思表示を確認するにすぎないものであることが、後者の意思表示自体において表明されている時乃至はその他の事情から明白である時は格別、そうでない場合であつて、しかも後者の意思表示の成立において前者の意思表示が存在していることを全然考慮に入れたふしが見えない様な場合には、前者の意思表示は既に当事者の明示若しくは黙示の意思によつて撤回されてしまつていると解し、後者の意思表示を基準としてその後の法律関係を規整するを相当とすべく、本件についてこれを見れば、成立に争のない甲第四号証の一、二によれば調停により成立した条項においては勿論、右調停申立書の記載においても、既に先になされた債務免除の意思表示を確認する趣旨を表示する表現は存しないのみならず、かえつて当時未だ免除すべき債権が存続していることを前提として右調停申立のなされ、これに基き右調停のなされたことが認められる。そうとすれば右昭和三十二年十二月二日の債務免除の意思表示は有効に存在しなかつたか或は有効に存在したとしてもこれを解消の上右昭和三十三年二月四日の調停において改めて右免除の意思表示のなされたものと解すべく、よつてすでにこの点において原告の右金七十六万七千円の債務免除の意思表示が昭和三十二年度になされ原告の同年度における法人所得金額の査定につき斟酌せらるべき旨の主張はその論拠を欠くものというべきである。

四、加之成立に争のない乙第四号証によれば、原告はその主張の右債務免除の意思表示乃至調停が成立した日の後である昭和三十三年三月二十五日右訴外野田常毛織株式会社の債権者総会に債権者の一員として出席し、債権の一部弁済に当る第二回分配金を受取つていることが明らかであるが、原告は如何なる債権に基き右の如く債権者として行動したかを見るに、右認定事実と成立に争のない乙第一号証によると右訴外会社にあつては昭和三十二年二月二十二日より昭和三十三年三月二十五日までの間債権者会議が六回にわたり開催され、その間二回債務の一部弁済に当る分配金が支払われていて第二回分配金の支払は右最終の第六回の期日になされたことが認められ又証人垣ケ原忠次の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一、二によると昭和三十三年三月三十一日当時右訴外会社は原告に対し金七十二万六千六百円の債務を負担していたことが認められ更に前記第六回の総会が行われた同年三月二十五日に原告が右訴外会社より金三万五千四百円を受取つたことは当事者間に争がなく、これら認定の事実を綜合して判断すれば、先づ右金三万五千四百円は前記総会において支払われた第二回分配金の原告受取分であること、従つて右総会の日の原告会社の債権額は金七十六万二千円であつたこと、結局右債権は、原告が免除したと云うところの前記金七十六万二千円の債権に他ならぬことが推認されるのであり、換言すれば原告会社は既に免除したと称する債権に基き、債権者として行動していることが認められるのである。他にこれを覆えして右金三万五千四百円が債務免除の謝礼のため支払われたことを認めるに足るべき証拠はなく凡そ債権者が債務を免除しておきながらその後も債権者として行動したり、一部弁済を受けたりすること或は債務者が債務の免除を受けながらその債務につき一部弁済をしたり貸借対照表に債務として計上する等のことは非債弁済、錯誤等の特別の事情なき限りあり得ないことであり、本件においてかゝる特別の事情の存在を認めるに足る証拠がない以上、原告主張の右債務免除の意思表示はそのなされた時期がいづれの場合であつたとしても果して原告がその真意に基き右訴外会社の資力喪失のため止むなくなしたものであるか否か、右訴外会社の資力も果して完全に喪失していたか否か極めて疑わしいものと云わなければならずこれを法人税法上貸金の回収不能な場合と見られなかつたとしても右の事情から見れば、それは十分理由のあることであるとしなければならない。

五、以上認定のとおりであるからいずれにしても被告一宮税務署長が本件更正決定において、原告の所謂右債務免除の金七十六万二千円を損金に計上することを否認して原告の昭和三十二年度法人所得金額に加算しこれを金百四十六万七百円と決定した処分は正当にしてこれを取消すに足る瑕疵あるものと云うことを得ず、従つて又右の決定を是認して原告の審査請求を棄却した被告名古屋国税局長の決定も亦正当と云わざるを得ない。よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢三朗 平川実 牧野利秋)

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